January 17th, 2021
~わたしたちの神戸。~

あれから、

26年がたったそうです。

自分がいま27歳やから、

さすがに当時のことは記憶に薄いです。

でも、

こんなけ生きてきて、

これまでのいろんなニュース、報道を

思い返すと、

ほんまに大変な状況やったんやなと。

よく生き残れたなと。

親に感謝の気持ちでいっぱいやし、

その後支援してくれた日本国民の方々には

頭の下がる思いです。

阪神淡路大震災

1995.1.17

鎮魂の火が照らす亡き人思い祈る姿 阪神・淡路大震災26年

https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/movie/new/202101/0014013125.shtml

当時、おれは2歳手前やったから、

もちろんこのときの記憶は

ほとんどない。

震災直後は、

信号が壊れて点灯しておらず、

道路はいつ事故が起こっても

おかしくない状況やったらしい。

そんな中、おれのおじさんは、

車を運転して俺や家族の様子を

見に来てくれたみたい。

おじさんがなんとか到着した頃には、

ガラスの破片だらけの部屋の中で

なんとか親が俺を抱きかかえて

安全な箇所で保護してくれてた。

それを見てほっとしたそう。

今なお、

地震速報が出たり、

全国のどこかで大きな地震がきたりすると、

現地の状況が心配になったりとか、

無力ながら自分にできることって

なんかあるかなとか、

いろいろ考える。

当時の記憶がほとんどないにせよ、

生まれてこの方、

震災にあった事もない人よりは

当事者に寄り添える気がするし、

逆にそういう人が動かないと

誰も動けない気がするから。

あっ、

何も動こうとしない人を否定している

わけちゃうよ?

やっぱりこーゆーのって身近に感じてこそ

当事者の気持ちがわかるもんで、

みんながみんなそうじゃない。

そういうもの。

でもだからこそ、

当事者の気持ちに寄り添える人たちが、

非常事態のときに何かしら行動できること

が大事なんちゃうかな~って。

そんなことを考えるわけです。

当時の震災でお亡くなりになった方々。

心からご冥福をお祈りいたします。

神戸はあれから時間をかけて、

いまだ魅力たくさんの街で輝き続けてます!!

少なくとも、

自分は他県の人に自慢できるほど、

いまの神戸の街が好きです!

いまは少し離れてしまっているけど、

またいつか必ずあの場所に戻って、

亡くなった方々の分まで前を向いて

全力投球して、

納得のいく人生にしたいです!

皮肉なことに、

人間はすぐにものを忘れるから。

こんな記事を書いていたとしても、

普段の生活でいっぱいいっぱいになったら、

どうしてもこの感情が日々、薄れていく。

生きている毎日を大切に出来なくなる。

ああ、悔しいなあ!

受け継いでいく。

伝え続けていく大切さを、

改めて実感した日でした!

生きていることに感謝!!!

あしたからも、

毎日、

大事に大事に、

生きる!

前むいていこう!!!